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季刊文科編集委員によるコラム「砦」を一挙公開。

季刊文科44号 砦

松本道介

 四二号の本欄に小坂国継著「西洋哲学・東洋の思想」(講談社)という書物への不満を書いた。
 書物への不満を書いたとなると、一種の書評になるのかもしれない。しかしその不満はこの本の「はしがき」に対する不満であり、書物自体はまだ読んでいなかった。
 当の「はしがき」にはこう書かれている。〈筆者は東西の文化や思想の優劣や是非を論じようとしているのでは決してないということである。第一そういうことは不可能だし、またやったとしても大した意味があるとも思えない〉と。
 私はといえば長年関わってきた西洋の思想よりも東洋の思想の方が上だと思うようになり、文章を書けば西洋の哲学がいかににだめか、というよりいかに行きづまっているかと言ったことばかり書いている。
 したがって小坂氏に〈東西の思想の優劣や是非を論じることは不可能だとか大した意味もないとか言われてしまうと、立つ瀬がなくなる。それゆえ中味を読まないうちから「砦」欄に不満を述べたのだった。
 しかしその後中味も読んだし、今回の「視点」を書くにあたってもいろいろ参照させて頂いた。私は哲学をまともに勉強したこともないままに西洋哲学の悪口ばかり言ったり書いたりしている人間であるから、本書のように東西の思想を分別的思惟と平等的思惟、有の思想と無の思想、肯定の論理と否定の論理という具合に整然と分類し、或る意味で図表的とも言えるほどに比較展望された書物はたいへん有難かった。
 しかもほんの僅かながら日本の哲学は〈むしろ西洋哲学を否定的に媒介することによって〉東西の伝統を活性化して行くのがいいとも書かれており、これこそが著者の本音だったのではないかという気がしてきた。

大河内昭爾

 「季刊文科」四四号の編集委員会の席で、鳥影社の百瀬精一社長から『新田潤の小説』(〇九年三月、鳥影社刊)という一冊を手わたされた。
 新田潤とはなつかしい名前である。東大時代の仲間である高見順と一緒にペンネームを考え出したのだという。大学卒業期をめぐる回想を描いた「贋免状」を読んだ記憶がある。東京大学文学部英文科の卒業をひかえた、だらしない文学青年の暮らしぶりを達者に描いた作品だった。それは私小説の頑固さ、偏屈さを持たないということでもあり、晩年中間小説と呼ばれるよみものの世界に流されて行った作者の経歴も思いあわされるほどのびのいい筆だった。その時こんな作品ならいくらでも読めるし自分も書いてみたいと思ったくらい、のびのびとした随想ふうの作品だった。ぐうたらな文科生として、ひとかたならぬ共感と興味をもって読んだのをよく覚えている。
 滝澤昌忠という人の『新田潤の小説』に関心を持ったのにはそんな思い出がからんでいる。「季刊文科」の編集委員諸氏にうかがっても新田潤作品を読んでいる人はいなかった。私あたりがこの忘れられた作者存命中の最後の読者であったたにちがいない。それだけに新田潤という筆名がなつかしい。
 新田潤は明治二十七年九月に生まれ、昭和五十三年五月に亡くなっている。代表作は「煙管」(昭8)「妻の行方」(昭和23)、長篇に「夢見る人」(昭和14)等があると文学事典に記載がある。滝澤氏の『新田潤の小説』は新田潤の生涯を概観するおおかた唯一の書物といえるであろう。
 昭和19年、鹿屋海軍航空隊に私は中学生として飛行場整備に動員されていた。新田潤も同じ頃、川端康成などと一緒に鹿屋海軍航空隊に出むいている。

勝又 浩

  国文学(小説)は新しい人口、階層や領域の違う人を取込むと元気が出る。新人賞や芥川賞にタレント出の人や画家、ひと頃は塾講師、それからこのごろは大学教師などが続いて出現してきたのも、そうした現象の現われだったろう。
 こうした傾向は同人雑誌世界にも言えて、その昔、大正末から昭和初年代は同人雑誌の隆盛時代であったが、これはその頃急増してきた大学生たちが参入してきたからであった。戦後は労働運動の解放によって勤労者が活力を持ち、それとともに職場を母体にした雑誌がたくさん生まれた。これは昭和三十年代まで続くが、今の文学大衆化の基礎を作ったと言える。
 その上に次にはカルチャーセンター小説教室の出現となる。駒田信二教室から重兼芳子が出て芥川賞を受賞したとき、書きますわよ奥様の出現だなどと揶揄されたが、文学が新しく主婦層を取り込んだわけだ。戦後のサラリーマン層の増大に伴う社会の都市化、核家族化、また電化製品の普及によって、それまで抑えられていた家庭婦人が自己表現の力を持てるようになったからであるだろう。事実それは、かつての勤労者文学がそうであったように、抑圧されていた階級としての物語をたくさん持っていた。しかしこのあたりで、それまではまだ残していた同人雑誌の切磋琢磨主義、修行主義は影が薄れ、同人雑誌というものの性質が決定的に様変わりしたことも否定できない。
 この状態は今も続いているが、と言うことは、文学の大衆化は行くところまで行きついて、もう新大陸は存在しないのかもしれない。昨今言われる衰退の要因の一つはそこにあるだろうか。この後同人雑誌界がどんな新しい人口を迎えられるか否か、予想はつかないが、案外、それは団塊の世代かもしれない。

松本 徹

 友人に奨められて、遅まきながら水村美苗『日本語が亡びるとき』を読んだ。この題ゆえに敬遠していたのだが、内容は予想に反して、いわゆる国際化が恐ろしい勢いで進行する今日の状況下、日本語をより優れた言語として存続させための方策が提示されていた。その著者の博識ぶりに驚いたが、幾つか日本語についての歴史的知識に欠けるところがあるようにも思った。が、小学校でも英語を教える方向へ走ろうとしている現状に、言語なるものを真剣に考えない愚かさを説得的に述べ、日本語によってこれまで築き上げられて来たものがどのようなものか、著者は主に夏目漱石によって説き、その恩恵をしっかり受け止める重要性さを訴えているのに、感銘を覚えた。もしかしたら日本が長年にわたって営々と築いて来た最大の財産を、文部省主導の下、投げ出し、文化最貧国になる危機に直面しているのかもしれない。
 この著書のもうひとつの注目点は、英語がいまや「普遍語」となっている世界的状況を描き出してみせたところである。いわゆる世界情勢に疎いこちらとしては、目を開かれる思いをしたが、「普遍語」なるものが持たざるをえない性格、それがやがて辿る運命について、もう少し考察する必要があるのではないか。
 そのようなことを考えながら、次に手にしたのが中山巌『資本主義はなぜ自壊したのか』である。
 作家と経済学者の書いた文章の差は歴然としていて、もの足りなさを感じたが、その説くところには共感もし、教えられもした。そして、ここでいう資本主義は、そのまま「普遍語」=英語に置き換えることができるのではないかと思った。「普遍語」の英語こそ、バベルの塔にほかならず、すでに自壊は始まっているのかもしれないのだ。

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