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書評
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『否定詩学』尾張充典 著
奈良新聞 平成20年(2008年)8月17日

カフカ作品再認識の道導く 評者・嘉瀬井整夫(文芸評論家)

 フランツ・カフカの名を聞いてからすでに久しい。だがカフカについて、あるいはカフカの作品についていかほどのことを知っているだろうか。本書ではそうした疑問に対し、新しい角度から解明した事柄を語りかけてくれる。
 しかし、それらは決して容易ではなく、むしろ難解でさえある。けれども、述べられた言々句々を丹念にたどっていくところに読者としての義務があるのであろう。それは巻かれた時計のねじを解きほぐしていくように、少しずつ理解していく以外に方法はあるまい。
 ところで、カフカは一風変わった創作態度をとっていた。すなわち「カフカは、日記や手紙で、繰り返し自分の著作活動に言及し、様々なメタファーを用いて自分の創作の原理をそのつど打ち立てていた」とするのがそれであるが、ほかにも「カフカの創作行為を語る際、妊娠の比喩(ひゆ)には注意が必要である。というのも、彼の作家としての基盤を形勢した物語『判決』の成立の際にも、出産のメタファーが用いられていたからだ」と述べられている。
 このように、作品内容はもちろんであるが、この創作行為においては、ユニークな考えを持っていたことは、いま触れた通りである。さらに、「このように彼の書く行為は、射精、懐胎、出産と、両性の三つの行為が重なった生殖行為と把握される」とし「それを、挿入と受胎を経て出産へと至る文学の両性具有的な融合と見ることもできるかもしれない」と指摘されている。
 もし、このような見地に立って『変身』をはじめ『流刑地にて』はいうに及ばず『うた歌いヨゼフィーネ』『巣穴』『ある犬の研究』『断食芸人』などを読みなおしてみると、これまでと違ったカフカの印象が生まれてくるに違いない。
 本書はそうした意味において、これまでにはあまり試みられなかった方法で、カフカ再認識への道を指し示された優れたオマージュではなかったかと愚考されるのである。

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