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書評
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『高見順の青春』坂本満津夫 著
朝日新聞 平成20年(2008年)5月4日

日記駆使し〝嵐〟の日々に光 評者・嘉瀬井整夫(文芸評論家)

 最後の文士といわれた高見順は、ある意味では昭和文学の立役者的な存在だ。事実『昭和文学盛衰史』なる一冊も書いている。だが、その出生には暗い影がつきまとっていた。いわゆる私生児としてのそれであった。
 昭和五年、東京大学英文科を卒業。在学中、ダダイズム、マルクス主義などの影響を強く受け左傾。だが、昭和八年、治安維持法違反の疑いで検挙、その後転向して作家生活に入る。
 本書では、そうした高見の青春時代を、日記や手紙を駆使し、斬新な高見論にまとめている。何よりも、「です、ます」調の文体は中村光夫を思わせ、読みやすくしていることは否めず、著者自身そのことを認めている。
 たとえば、「高見の〝日記〟と〝詩〟と〝手紙〟は、小説の酵母なのです。醗酵する前のカオスというか、コアなのです」といったように、畳みかけるように進行させていく。そして、高見の作家としての生き方を「時代に絡み、自分に拗(す)ねていた」ととらえている。そうした高見の青春は、昭和八年に始まったとしている。
 その嵐のような青春は、彼が入獄中に妻が家を去り、出所してくると妻はいなかった。
 高見のみずみずしい感覚は、『樹木派』や『死の淵より』などの詩集を生んだ。また、一方では膨大な「日記」を残し、日記作家としても注目された。しかし、その背景には父母との軋轢(あつれき)があり、文字どおり嵐の青春を通過してきたのである。
 ところで、本書を通読すると、そこには昭和文学史が散見され、赤裸々な私生活ものぞかせている。また、中野重治との比較や、文学論争とケンカ好きな一面など、幅広く高見をとらえているところに納得できる。あるいは平野謙や江藤淳とのかかわり、『混濁の浪・わが一高時代』の紹介など、軽く語られているようでも重みがある。さらに秋子夫人のことなど、これまでの高見論に、見落とされてきた諸点を補綴(ほてい)され、ここにユニークな評論が完成されたことは特筆されるべきであろう。

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