『アメリカという名のファンタジー』山口知三 著
奈良新聞 読書BOOKS 平成19年(2007年)4月29日
ドイツ人がとらえた米国像 文芸評論家・嘉瀬井整夫
アメリカ人の家系の中には、少なからずドイツ系の血が流れている人が多いという。また、ドイツからアメリカへ移民した人もかなりいて、今日それらの中で有名人になっている人もいる。あの俳優のシュワちゃんもそうなのだ。
知識人のなかでも移民した人たちで名を知られている人たちは、トーマス・マン、アドルノ、ホルクハイマー、フロム、マルクーゼなどがいるが、このうち、トーマス・マンは作家として著名だ。だた、息子のクラウス・マンもカフカの「アメリカ」という作品について論じている。一体、ドイツ人にはアメリカという国がどのように受け取られたのか、それを知るには誠に有益な本である。
さらに、興味のある事実として、トーマス・マンがホイットマンを受容していたことである。「草の葉」を読むために、シェラーフ訳のレクラム文庫を手にしていたトーマス・マンの姿が目に浮かぶのである。このほかにライジガー訳による「草の葉」や「ホイットマン選集」もあるから、マンのホイットマン熱は一気に高まったと思うことができる。
もう一つ書いておかねばならないことは、19世紀のドイツで最も人気のあったベルトルト・マイという、アメリカに行ったこともないのに、アメリカ西部小説を書いて、200万部も売ったという愉快な男が出てきたときは、微苦笑を禁じえなかった。
そのほか、ヨーゼフ・ロートの「ヨブ」は、旧約聖書の「ヨブ記」の現代版であるが、アメリカに上陸する前の希望に満ちた様子と、実際に上陸してからのギャップが、あまりにも大きすぎたために、それこそ、アメリカによってずたずたに引き裂かれた現実に目を覚まされたことが描かれている。
ともあれ、ドイツ人がとらえたアメリカ像を広範にわたって比較対照した、優れた文明と文化と文学の集大成の一冊。識者必読。
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